月読尊(つくよみのみこと)
月読尊(つくよみのみこと)は、月夜見尊(月読命:つくよみのみこと)や月弓尊(つくゆみのみこと)などとも記して、「つきよみ」の呼び方も多くて、月を神格化した夜の神様で、女性の太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)の弟である。
月読尊(つくよみのみこと)の名前は、年月を読む意味で、2007年9月に出版した僕の最初の著書にも記して、60年間を在位した景行(けいこう)天皇を神格化して、干支(えと)の60年周期を指して、僕にしか求められなかった。
天照大神(あまてらすおおみかみ)と月読尊(つくよみのみこと)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の3姉弟は、三貴子(みはしらのうずのみこ)と言う3人の高貴な子供を意味して、日本神話で重要な意味・価値を持つ。
『古事記』は、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)が地獄の黄泉国(よみのくに)から逃げ帰って、禊(みそぎ)して左目を洗(あら)って天照大御神(あまてらすおおみかみ)で、右目を洗(あら)って月読命(つくよみのみこと)で、鼻を洗(あら)って須佐之男命(すさのおのみこと)が生まれて、左上右下(さじょううげ;古代日本の考え方で、左が上で右が下)が左目と右目に当てはまる。
しかし『日本書紀』は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の両親から3姉弟が生まれたり、右手に持った白銅鏡(まそかがみ)から生まれた話があって、正しく解釈すれば説明できる。
伊弉諾尊(いざなぎのみこと;垂仁(すいにん)天皇を神格化)は、最初の皇后の伊弉冉尊(いざなみのみこと;狭穂姫(さほひめ)を神格化)が焼死して、2番目の皇后の伊弉冉尊(いざなみのみこと;樺井月姫(かばいつきひめ)を神格化)が天照大神(あまてらすおおみかみ;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)を生んで、3番目の皇后の伊弉冉尊(いざなみのみこと;日葉酢媛(ひばすひめ)を神格化)が月読尊(つくよみのみこと;景行(けいこう)天皇を神格化)を生んで、月読尊(つくよみのみこと)が素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)を生んだ。
伊弉諾尊(いざなぎのみこと;垂仁(すいにん)天皇を神格化)の妻の伊弉冉尊(いざなみのみこと;狭穂姫(さほひめ)を神格化)が焼死して、伊弉冉尊(いざなみのみこと)が死んだことにして、父親だけで3姉弟を生んだ神話が生まれて、正しい史実・真実・事実である。
『ホツマツタエ』は、イサナギ(伊弉諾尊;いざなぎのみこと:垂仁(すいにん)天皇を神格化)とイサナミ(伊弉冉尊;いざなみのみこと:日葉酢媛(ひばすひめ)を神格化)が息子のツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)を生んで、姉のアマテルカミ(天照神;あまてるかみ:倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)が光で、その影(陰;かげ)に当たる。
姉のアマテルカミ(天照神;あまてるかみ:倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)は、伊勢神宮の斎王(さいおう;太陽神に仕(つか)える未婚の皇女)で、弟のツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)が奈良県で政治をして、『三国志・魏志倭人伝』の女王国(伊勢国)の卑弥呼(ひみこ)と邪馬台国(大和国;やまとこく)を直接統治する男弟(だんてい)の3つの血筋が合致した。
イサナギ(垂仁(すいにん)天皇を神格化)とイサナミ(日葉酢媛(ひばすひめ)を神格化)は、息子のツキヨミ(景行(けいこう)天皇を神格化)を筑紫(つくし;九州)の宮崎市阿波岐原町(あわきがはらちょう)産母(やぼ)付近で生んだと考えられて、ツキヨミの誕生地と考えて間違いなくて、景行(けいこう)天皇が自(みずか)ら九州全土を平定した伝承と合致して、諱(いみな;本名(ほんみょう)がモチキネ(望杵)である。
ツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)は、皇居の纒向日代宮(まきむくひしろのみや)が都市遺跡の纒向(まきむく)遺跡で、父の垂仁(すいにん)天皇の皇居である纒向珠城宮(まきむくたまきのみや)が纒向(まきむく)遺跡の近くにあって、そこで生まれたと考えられる。
ツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)とイヨツヒメ(伊予津姫;高田媛(たかだひめ)を神格化)は、イブキヌシ;イブキドヌシ(伊吹戸主神;いぶきどぬしのかみ;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)を生んで、非常に神格の高い7代目・タカミムスビ(高皇産霊尊;たかみむすびのみこと;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)と同一神である。
イブキドヌシ(武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)は、アマテルカミ(天照神)でなく、ツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)の娘のイチキシマヒメタナコ(市杵島姫田奈子;誰を神格化したか不明)と結婚して、3人の息子を生んだ。
イブキドヌシ(武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)とイチキシマヒメタナコ(誰を神格化したか不明)が産んだ3人の息子は、イヨツヒコ(伊予津彦)とトサツヒコ(土佐津彦)とウサツヒコ(宇佐津彦)で、それぞれ誰を神格化したか不明で、愛媛県と高知県と大分県宇佐市の統治者と考えられて、市杵島姫(いちきしまひめ)が亡くなってから、広島県の厳島(いつくしま)に宗像(むなかた)三神として祭られた。
ツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)とコマスヒメハヤコ(小益姫早子;弟橘姫(おとたちばなひめ)を神格化)は、景行(けいこう)天皇16年1月3日(西暦206年2月上旬頃)に6代目オオモノヌシ(大物主神;おおものぬしのかみ:神櫛皇子(かんぐしのみこ)を神格化)を生んで、ツハヤムスビ(津速産霊尊;つはやむすびのみこと:別名を兵主神(つわものぬしのかみ):稲背彦皇子(いなせひこのみこ)を神格化)を生んで、2人が双子の可能性がある。
西暦207年から209年は、後に3つ子の娘の宗像(むなかた)三神を生んで、長女がオキツシマヒメタケコ(瀛津嶋姫竹子おきつしまひめたけこ)で、次女がエノシマヒメタキコ(江ノ嶋姫瑞子)で、三女がイチキシマヒメタナコ(市杵嶋姫田奈子)を生んで、3人とも誰を神格化したか不明で、3人とも結婚して子孫もいて、亡くなって厳島(いつくしま)に祭った。
ツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)の娘の宗像(むなかた)三神は、スサノヲ(素戔嗚尊;すさのおのみこと:日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)の娘3人でもあって、景行(けいこう)天皇の息子の日本武尊(やまとたけのみこと)が不倫したことを証明して、宗像(むなかた)三神が景行(けいこう)天皇19年頃(西暦209年頃)生まれのオシホミミ(忍穂耳尊;おしほみみのみこと;仲哀(ちゅうあい)天皇を神格化)より先に生まれた。
宗像(むなかた)三神は、亡くなってから厳島(いつくしま)に祭って、3姉妹が亡くなった後の4世紀前半の西暦420年頃か、日本神話が作成された4世紀後半から5世紀中に神格化された可能性が高い。
厳島(いつくしま)の名前は、斎(いつ)く島(心身の汚(けが)れを排除して、身を清(きよ)めて神に仕(つか)える島)や神様が居着(いつ)く島などの由来が考えられて、厳島(いつくしま)の筆頭の女神である市杵島姫田奈子(いちきしまひめたなこ)の神名に似て、少なくとも同根語(言語学で共通の起源を持つ単語)である。
若い頃にツキヨミ(月読尊;つくよみのみこと:景行(けいこう)天皇を神格化)は、ウケノミタマ(宇迦之御魂神;うかのみたまのかみ:別名がウケモチ(保食神;うけもちのかみ)の子孫のカタノカミ(荷田神;誰を神格化したか不明)がご馳走(ちそう)しようと野菜を肥桶(こえおけ)に入れたのを見て、馬鹿にしたと怒って、農業の達人のカタノカミ(荷田神)を殺して、兄のアマテルカミ(天照神)から強く咎(とが)められた。
人糞は、発酵(はっこう)させて、肥料(ひりょう)にする高度な農業技術が悪臭(あくしゅう)で、カタノカミ(荷田神;誰を神格化したか不明)の息子(誰を神格化したか不明)も、ツキヨミ(景行(けいこう)天皇を神格化)を断罪しなかった。
『古事記』は、食物の神様の大気津比売神(おおげつひめのかみ)が須佐之男命(すさのおのみこと)に似た状況で殺されて、大気津比売神(おおげつひめのかみ)が伊勢神宮外宮の祭神の豊宇気比毘売神(とようけひめのかみ)と似た神名で、素戔嗚尊(すさのおのみこと;日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)に殺された天照大神(あまてらすおおみかみ;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)と合致しそうに思える。
ツキヨミ(景行(けいこう)天皇を神格化)のカタノカミ(荷田神;誰を神格化したか不明)の殺害は、ツキヨミ(景行(けいこう)天皇を神格化)の息子のスサノヲ(日本武尊(やまとたけのみこと)を神格化)がハナコ(倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)を殺した内容を変更したと考えられる。
『日本書記』顕宗(けんそう)天皇3年2月1日(正しくは武烈(ぶれつ)天皇5年2月1日;西暦487年3月上旬頃)は、阿閉臣事代(あへのおみのことしろ)が命令で、任那国(みまなのくに)に使者で行って、この時に月神(つきのかみ)が人に憑依(ひょうい)して、我が先祖の高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)が天地を作った功績があるなどと書かれる。
阿閉臣事代(あへのおみのことしろ)は、景行(けいこう)天皇と物部(もののべ)氏の高田媛(たかだひめ)の息子である武虎別皇子(たけこわけのみこ)の子孫の阿倍(あべ)氏を先祖で、7代目・高皇産霊尊(たかみむすびのみこと;武虎別皇子(たけこわけのみこ)を神格化)や月神(つきのかみ;月読尊(つくよみのみこと;景行(けいこう)天皇を神格化)の子孫で、記述の正当性を僕しか証明できない。
『出雲国風土記(いずものくにふどき)』は、伊佐奈枳命(いざなきのみこと)の子の都久豆美命(つくつみのみこと)と記して、伊弉諾尊(いざなぎのみこと;垂仁(すいにん)天皇を神格化)の息子の月読尊(つくよみのみこと;景行(けいこう)天皇を神格化)が正しい系図で、記述の正当性を証明した。
月読尊(つくよみのみこと)を祭る神社は、伊勢神宮内宮の別宮(べつみや)の月讀宮(つきよみのみや)や伊勢神宮外宮の別宮(べつみや)の月夜見宮(つきよみのみや)、長崎県の壱岐島(いきしま)の月讀(つきよみ)神社から勧請(かんじょう;神仏の分身や分霊を他の地に移(うつ)して祭ること)された京都市の月読(つきよみ)神社、日本百名山や出羽(でわ)三山で、山形県の標高1984メートルの月山(がっさん)が山頂の月山神社に祭る月読命(つくよみのみこと)にちなんだ山名とされる。
月読尊(つくよみのみこと)は、三貴子(みはしらのうずのみこ)として非常に神格が高いが、天照大神(あまてらすおおみかみ)の影(陰;かげ)で存在感が薄(うす)くて、祭る神社が少ないと説明できて、特徴や血筋を僕が完全解釈して、2024年11月15日の午前11時頃に記し終えた。
<参考文献>
『ホツマ辞典』
著者・池田満 発行・ホツマ刊行会
『日本書紀(上)全現代語訳―全二巻―』
著者・宇治谷孟 発行・株式会社講談社
『古事記(上)―全三巻―』
著者・次田真幸 発行・株式会社講談社
インターネットの不明サイトから少々拝借
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