革命家と神学者と哲学者と歴史家とアインシュタイン博士以上の超天才を自称する人物
芦田真也学(あしだしんやがく;超天才の僕を考え学(まな)ぶ学問)の入門書

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僕のホームページ更新の年表  僕が考える天皇家と外国など  大切な信用を勝ち取ること
凡人が理解すべき前提条件  僕の考え方の自己分析  お詫びと拡大解釈など  出版関係と犯人

邪馬台国(やまたいこく)論争と女王の卑弥呼(ひみこ)と台与(とよ)の僕の簡単な見解
一番最初に書く(どうしても書いておくべきことだから)のは、超天才の僕が邪馬台国(やまたいこく)論争と女王の卑弥呼(ひみこ)と台与(とよ)をどう考えて、結論付けているのか、そしてどのように発展・研究・理論展開しているのか、根本的・基本的な要点を凡人(僕以外の人間)に伝(つた)えたいと思う。
邪馬台国(やまたいこく)は、主(おも)に畿内(近畿地方)説と九州説、異説に出雲(いずも;島根県東部)説や吉備(きび;岡山県と広島県東部)説や阿波(あわ;徳島県)説などもあるが、100%間違いなく古代天皇家の邪馬台国(大和国;やまとこく)が正しくて、「記紀(きき;『古事記』と『日本書記』)」を正しく特定した僕の結論も、僕のホームページも、完全に古代天皇家の大和国(やまとこく)と証明して、邪馬台国(やまたいこく)の別名が邪馬壱国(やまいちこく)を間違いで、邪馬台国(やまとこく)の呼び方が正しいとも証明して、決して誰(だれ)も反論できるはずがない。
女王の卑弥呼(ひみこ)は、僕が『三国志・魏志倭人伝』の編者の陳寿(ちんじゅ;西暦233年出生から297年死亡)が「女王の台与(とよ)」から、「王女の卑弥呼(ひみこ)」を「女王の卑弥呼(ひみこ)」と書き間違えた可能性を指摘して、卑弥呼(ひみこ)の倭姫命(やまとひめのみこと)が一皇女で、王女国の卑弥呼(ひみこ)が伊勢国(いせのくに;三重県中部)の伊勢神宮斎王(さいおう;太陽神に仕(つか)える未婚の皇女:巫女(みこ)を指(さ)す)の倭姫命(やまとひめのみこと)で、僕が天皇を超(こ)える権限を持たない一皇女の倭姫命(やまとひめのみこと)を確実に女王と考えない理由である。
女王の台与(とよ)は、卑弥呼(ひみこ)の宗女(そうじょ;一族の女性)から、13才の台与(とよ)を選(えら)んで、女王に即させたとするが、卑弥呼(ひみこ)の倭姫命(やまとひめのみこと)と同族(皇族)の台与(とよ)の神功(じんぐう)皇后が33才で、女王に近い立場の摂政(せっしょう;夫の仲哀(ちゅうあい)天皇が亡くなって、代(か)わりに政治する役職)に任命されて、摂政(せっしょう)でなく、神功(じんぐう)皇后を最初の女性天皇(女帝)とする考え方もあって、台与(とよ)が別名の壱与(いちよ)でなく、ワザと消(け)した豊姫尊(とよひめのみこと)の名前が正しいとも特定した。
超天才の僕が作成した一大理論(超理論)は、神業(かみわざ)の中の神技;かみわざ(奇跡の中の奇跡)で、後世に誰(だれ)もマネできない超理論で、それを凡人(僕以外の人間)が一つ一つ特定して、検証していく作業が僕の超理論の存在することで、あまりに簡単にできて、僕と言う人間の存在がいかに超偉大で、超優秀すぎる偉人かよく分かるはずで、後世にどれほど僕が神格化されるか、見当もつかない。

僕の自己紹介と影響力など
日本中や世界中に僕の考え方を一方的に押し付けないことは、僕のホームページの記録が膨大すぎて、一方的に押し付ける記述もあって、修正に時間がかかりすぎて、簡単に直せるはずもなく、冒頭で謝罪する形で、読み進める読者が気分を害するかもしれないが、僕を許(ゆる)してほしいと思って書いて、記述の内容が多すぎて、合致しない部分も多く存在する。
記述が不十分な理由は、僕のホームページ全てを修正するのに時間がかかりすぎて、中途半端で公表せざるを得ないためで、ページごとに記述が違っても、納得してもらって、他にも謝(あやま)るべきことがあっても、思い付かないので申(もう)し訳(わけ)ない。
長期間の修正が必要な僕のホームページは、結果的に合致しない記述の誤差が生まれて、凡人(僕以外の人間)に判断しにくいはずで、世界でただ一人の日本神話を完全解釈した僕の超知識を完全に理解できる方が不思議で、良ければ面白おかしく読み進めてほしい。

僕は住所を公表して、住所を知って僕の求めた歴史研究の史料を盗(ぬす)んで、僕の自室への不法侵入と使用するノートパソコンにサイバー攻撃もした大馬鹿者がいるはずで、世界中の巨悪や害悪と戦う必要があって、生まれつき気弱(きよわ)で、日陰(ひかげ;日(ひ)の当(あ)たらない場所)で、生きてきた僕にとって、つらい決断でも立ち向かう必要があって、犯人が日本中や世界中の晒(さら)し物として、見せしめや生贄(いけにえ)の前例になってもらおうと思う。
ホームページで僕は、自分のIQ(知能指数)を公表して、僕のIQが平均値より低(ひく)い境界知能(IQ85から70ほど)と犯人が知って、僕が詐欺(さぎ)などに騙(だま)されやすくて、僕に何度か詐欺(さぎ)電話がかかって来た理由と考えられて、沈黙して反撃してこないだろうと見込んで、超凶悪な犯行に及(およ)んだ可能性が高くて、犯人が確実に僕の電子メールを把握して、犯行したことも確実で、沈黙した状況がもはやこれまでで、反撃の体制が揃(そろ)った。
僕本人と家族は、攻撃するならば、こちらも法的(法律に関係する)や人的(人に関係する)などの方法で反撃して、古代天皇家の歴史を特定した僕の功績や影響力を使ってでも、日本中や世界中の国々や人々が味方してくれることを信じて、一生かけてでも反撃すると明記して、警告を無視するなら、僕も容赦(ようしゃ)しない。
僕の歴史研究は、古代日本史(古代天皇家の歴史)を自発的…自分でやりたくて求め続けたのが大切で、誰かに頼(たの)まれたからでなく、僕自身で求めた超知識を天皇家(皇室)や伊勢神宮や出雲大社などに何の見返りもなく、伝え続けた僕自身の善意の行動力や影響力が評価されず、不遇な時期にも耐え続けて、日が当たる瞬間までずっと息(いき)をひそめて、その偉大さが凄(すさ)まじすぎた。
何の見返りもない僕の歴史研究は、僕自身がやりたくて求め続けた結果で、誰に何と言われようと自我を貫(つらぬ)いて、悪質な凶悪犯に圧倒的な危害(きがい)を与(あた)えられても、日本中や世界中の人々に史実・真実・事実を伝え続けて、大きな歴史認識の大革命を受け入れて、変革していくための第一歩として、何度もホームページ(WEBサイト)の閉鎖を考えたが、閉鎖せずにホームページの公開を続ける決意を固(かた)めて、誰にも汚(けが)せない僕自身の純粋な思(おも)い(想(おも)い)である。
僕の求めた知識の全(すべ)ては、天皇家(皇室)や神様や仏様などに嘘(うそ)をつかず、僕自身が正しいと確信した物を厳選(げんせん)して、自分で賛否(さんぴ)両論を繰(く)り返して、正しい超知識を形成した結果の情報を他人(僕以外の全(すべ)ての人間)に伝えて、凡人(僕以外の全(すべ)ての人間)が幾(いく)ら頑張っても、情報の真偽(しんぎ)を簡単に判断できず、超天才の僕の神技(かみわざ)を軽視しないでほしい。

革命家を自称する僕は、日本中や世界中に史実・真実・真実とする考え方を伝えて、僕の考え方を一方的に押し付けず、現代人(僕以外の人間)の読者が正しいか、あくまで参考の材料にして、自分たちで考えてほしいと願って、この公表の結果で、僕本人に世界中が注目して、世界中で色々な僕の考え方の賛否両論が起こって、芦田均(あしだひとし)首相と女優の芦田愛菜(あしだまな)以上の知名度になって、日本中の芦田(あしだ)氏で、一番の有名人になると考えられる。
僕の好きなアニメ『新機動戦記ガンダムW』の革命家トレーズ・クシュリナーダは、ガンダムパイロットに敵対する地球圏統一連合軍スペシャルズ(OZ;オズ)の創設者で、最高指揮官(総帥;そうすい)でもあって、圧倒的なカリスマ(超自然的・超人間的・非日常的な資質や能力)を描写して、僕にそんなカリスマがないが、僕自身が革命家を名乗る理由を信じて、2025年後半以降に革命家を自称して、2026年1月1日の夜のホームページ更新で、初めて革命家を公言した。
科学と宗教の対立と共存は、科学の地動説のニコラス・コペルニクスとガリレオ・ガリレオや進化論のチャールズ・ダーウィンと宗教(キリスト教の『聖書』)の天動説や創造論(創造神が万物や生物を作った説)の図式で、現代日本が科学の考古学(遺跡・遺物)と宗教(神道の日本神話など)の歴史学(歴史書解釈)の図式で、古代日本史(古代天皇家の歴史)研究の本質で、対立と共存の関係を生み出して、これに終止符を打つ僕の歴史研究の自論を公表して、僕が革命家を自称する理由である。

僕は日本神話の神々の領域・・・神域を完全解釈した唯一の人間で、日本神話の神々を求めた意味で、神様に最も近い人間で、世界中で僕以上に神様を定義付けた人間が存在しなくて、日本神話を完全解釈した功績の賜物(たまもの)で、キリスト教の聖書系の神学者(哲学者を含(ふく)む)でなく、日本神話を中心に世界中の神話を総合的に研究・分析するタイプの神学者で、いつ頃からか神学者を自称した。
神学者を自称する僕の超理論や超知識は、凡人(僕以外の全(すべ)ての人間)が一生たどり着けない神々の領域…神域で、その神域の一つ一つを詳細な論理的根拠で、求めた僕本人の神技(かみわざ)がどれほど凄(すさ)まじすぎて、桁外(けたはず)れの超人的すぎる才能なのか、他人(僕以外の全(すべ)ての人間)が誰も実感できなくて、奇跡の聖域と言うべき超次元で、未知(みち)の感覚である。

2004年5月8日の午後2時から3時頃の約一時間を僕は、京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社の故海部光彦(あまべみつひこ)宮司と対談して、20世紀最高の天才アルバート・アインシュタイン博士が哲学者で、僕の話に哲学的な要素があって、僕に哲学を勉強したら、どうかと薦(すす)められて、数日以内(翌日か不明)に参考文献『この一冊で「哲学」がわかる!』を買って、エドムント・フッサールの現代哲学理論「現象学」を知って、後年の考え方の基礎理論になって、いつ頃からか哲学者を自称した。
僕は自分と同類の超天才を自己分析して、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチと発明王トーマス・エジソンと20世紀最高の天才アルバート・アインシュタイン博士などで、彼らの考え方を色々と自己分析して、歴史上の天才たちを2004年9月9日から10月20日まで、手書きした同名の2冊の『私という存在』のノートに記して、後に2014年のノーベル物理学賞受賞者の中村修二博士が僕とよく似た考え方と気付いて、世界中の天才と僕自身の考え方の共通性と傾向と対策などを自己分析して、後世に残すための教本を作った。
エドムント・フッサールの現代哲学理論「現象学」で僕は、コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)の地動説と進化論と相対性理論と僕の歴史研究の自論を説明して、「現象学」で僕の考え方(コペルニクス的転回)「自己認識の再構築」も説明して、2007年頃と思うが、中村修二博士の参考文献『「バカになれる男が勝つ!」』を買って、その頃におそらく中村修二博士の考え方が僕の考え方に近いと自己分析して、2014年に中村修二博士がノーベル物理学賞を受賞して、それらの考え方の共通性と傾向と対策などを自己分析した教本を作り上げた。

僕の小学校中学年の夢は、天文学者で、高学年の夢が考古学者(遺跡・遺物)で、2002年10月頃に古代日本史(古代天皇家の歴史)研究を始めて、歴史学(歴史書解釈)を深く理解して、いつ頃からか歴史家を自称して、歴史学者でなく、歴史家と名乗る方が気に入って、考古学者と畑違いでも、専門家(考古学者と歴史学者と歴史家)をも超越した夢を叶えた。
歴史家の僕が求めた超知識は、考古学(遺跡・遺物)と歴史学(歴史書解釈)の比重が0.1%以下と99.9%以上で、凡人(僕以外の全(すべ)ての人間)レベルの専門家(考古学者と歴史学者と歴史家)が数個を合致できれば良い方で、僕が数十個から百個以上を確実に合致して、超天才の僕と凡人(僕以外の全(すべ)ての人間)を比較するのが残酷(ざんこく)で、上記する3人の超天才と勝ち負けを競争して、分野や才能などの勝ち負けがあっても、彼らを一部分でも確実に超越して、僕本人との比較そのものが茶番劇である。
僕の歴史研究の独壇場は、僕がたった一人の独学で、圧倒的に論理飛躍(理論的に繋(つな)がらない考え方を無理矢理に繋(つな)ぐことで、僕の一大理論が超越した凄(すさ)まじい考え方で、簡単に理解できない)した超理論で、凡人(僕以外の全(すべ)ての人間)レベルの考え方に合わせるのが困難で、意味や理論などの修正・改善を何度も繰(く)り返して、凡人が理解できるレベルまで落として、僕の超頭脳や超知識を勉強する入門書が僕のホームページである。

アインシュタイン博士は、1955年に亡くなって、約半世紀後の2004年7月までに僕がアインシュタイン博士クラスの超天才と気付いて、23年以上の歴史研究で、自分がアインシュタイン博士以上の超天才と嫌でも理解して、僕がアインシュタイン博士以上の超天才と自称しながら、2023年6月まで『アインシュタイン博士を超える理由』の章をホームページで公表せず、凡人(僕以外の人間)に理解できなくて当然で、アインシュタイン博士と対比したpdfファイルなども作成した。
アインシュタイン博士は、4つの論文(2つが特殊相対性理論の論文で、2つを一つにまとめて、3つの論文に統一する場合もある)を提出した1905年をネット検索して、以前からその年を「奇跡の年」と呼ぶと知っていて、アインシュタイン博士に負(ま)けず劣(おと)らず、超天才の僕がまとめた自分の考え方の年表が『僕の閃(ひらめ)きの超進化スピード』で、短時間で圧倒的な超理論を作り上げた同類だが、僕自身が彼をも上回る可能性もある。

科学と宗教の対立と共存
科学と宗教の対立と共存は、科学の地動説のニコラス・コペルニクスとガリレオ・ガリレオや進化論のチャールズ・ダーウィンと宗教(キリスト教の『聖書』)の天動説や創造論(創造神が万物や生物を作った説)の図式で、現代日本が科学の考古学(遺跡・遺物)と宗教(神道の日本神話など)の歴史学(歴史書解釈)の図式で、古代日本史(古代天皇家の歴史)研究の本質で、対立と共存の関係が重要で、過去に何度も、僕が地動説や進化論と同じと気付いたが、それをすぐに忘れて、同じことの繰(く)り返しだった。
現代日本の科学(考古学)と宗教(神道の日本神話)の対立と共存は、本質を理解しないと、地動説や進化論と同じ道を歩んで、激動の時代に突入する可能性があって、非常にデリケート(使用方法が注意深いこと)な問題で、地動説と進化論と僕の歴史研究の自論を高度な考え方のコペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)に分類して、アルバート・アインシュタイン博士の相対性理論も含(ふく)む。
人間は、大切なことでも、忘れるのが当然の生物で、僕も何度も忘れるが、この本質に気付いた以上、忘れてはならない非常に大切な知識で、ちゃんと自己分析・理論修正して、2026年1月2日か、3日に科学と宗教の対立と共存の本質を思い出して、この基礎部分を1月4日以前に書いて、後で何度か修正した。
コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)の地動説と進化論と相対性理論と僕の歴史研究の自論の4つは、僕がエドムント・フッサールの現代哲学理論「現象学」で、理論的な考え方を証明して、世界中の人々が定義付けたコペルニクス的転回よりも、はるかに超高レベルな一大理論で、ホームページの『現象学と自己認識の再構築』の段落に詳細を書いて、分かりやすい教本になると思う。

現代日本の科学(考古学)と宗教(神道の日本神話)の対立と共存は、古代日本史(古代天皇家の歴史)研究の全ての研究者がぶつかる命題(めいだい;本当か嘘(うそ)を客観的に判断できる文章や式のこと)で、多くの人々が正しく理解してないだけで、そこに必ず行き当たって、僕がぶつかる壁(かべ)もここで、僕が最後の希望の象徴で、人類史や世界中の宗教などに影響力を持つはずで、結果的に地動説と同じ、流血の時代にならないことを願う。
科学と宗教の対立と共存は、昔から流血を繰(く)り返した悲劇の歴史を経験して、現代社会で僕の自論を公表しても、今の国際社会や情報社会などが間違わず、正しい認識力や理解力を示して、さすがに流血にならないと思うが、天皇家(皇室)を神聖視する勢力と危険視する対抗勢力が生まれて、世界中で賛否両論の議論をして、後世に残す情報を選別(僕の自論の内容が正しいか、間違いか判断すること)して、考え方の基礎理論を構築した僕の大偉業が認められるか、審判(しんぱん)の時が近いかもしれない。
僕の願う未来は、現代日本の科学(考古学)と宗教(神道の日本神話)の対立でなく、互(たが)いに手を取り合った共存の道で、理想や想像の平和が訪れて、世界中から戦争や対立や貧困などが少しでも消えて、理想郷(ユートピア;桃源郷とほぼ同意)に近づくことで、明るくて暮らしやすい平和的な現代社会が実現できると思う。

考古学(遺跡・遺物)の学術性と神社の神性(神聖;しんせい)
考古学(遺跡・遺物)の学術性と神社の神性(神聖;しんせい)は、科学の考古学(遺跡・遺物)と宗教(神道の日本神話など)の歴史学(歴史書解釈)の図式で、つまり科学と宗教の対立と共存を意味して、伊勢神宮の内宮(ないぐう)と外宮(げぐう)や出雲大社や神魂(かもす)神社や大和(おおやまと)神社や元伊勢籠(この)神社などの古社(こしゃ)を発掘して、科学調査する考古学(遺跡・遺物)の学術性と、それが神様への失礼(しつれい)と考える神社の神性(神聖;しんせい)の対立の意味である。
崇神(すじん)天皇6年9月16日(西暦89年10月頃)の夜は、日本最古の神社の大和(おおやまと)神社を奈良県天理市に遷宮(せんぐう;神社の場所を遷(うつ)すこと)して、翌日9月17日の夜に日本最古の元伊勢内宮(ないぐう)の笠縫邑(かさぬいのむら;所在地不明で、奈良県桜井市の近く)に遷宮(せんぐう)して、崇神(すじん)天皇39年8月18日(西暦122年9月頃)に2番目に古(ふる)い元伊勢内宮(ないぐう)の真名井(まない)神社(元伊勢籠(この)神社の奥宮;おくみや)を京都府宮津市に遷宮(せんぐう)して、瑞籬(みずがき;石の祭壇)を作(つく)り終えた。
垂仁(すいにん)天皇26年9月16日(西暦177年10月頃)は、伊勢神宮内宮(ないぐう)を遷宮(せんぐう)して、翌日9月17日に伊勢神宮外宮(げぐう)を遷宮(せんぐう)して、両社共(とも)に三重県伊勢市にあって、摂政(せっしょう)63年10月20日(西暦323年11月頃)に古代の出雲大社の神魂(かもす)神社に2人の大国主神(おおくにぬしのかみ)を祭って、霊亀(れいき)2年2月丁巳(ひのとみ)の日(西暦716年3月頃)に出雲果安(いずものはたやす)が神魂(かもす)神社から出雲大社に引っ越して、神魂(かもす)神社と出雲大社ができた年月日と考えられる。
考古学(遺跡・遺物)の学術性は、発掘調査と分析・研究だが、天皇家(皇室)と神道(しんとう;日本神話や神社など)の神性(神聖;しんせい)を汚(けが)さない不可侵(ふかしん)の伝統が超大切で、超天才の僕が古代日本史(古代天皇家の歴史)研究の成果を公表したことで、これからの超重要案件の問題と認識して、学問的な研究・分析の邪魔(じゃま)になるだろう。

僕の超偉大すぎる功績
西暦708年に献上された『古事記』と12年後の西暦720年に献上された『日本書紀』は、2つ合わせて「記紀(きき)」と呼んで、古代日本史(古代天皇家の歴史)研究の超重要な歴史書で、現代が1300年以上も経(た)って、超偉大すぎる功績を人知(ひとし)れず、孤独な独学で、24年近く研究・分析した一大史料をたった一人で、纏(まと)め上げた奇跡の超天才が僕である。
2002年10月中旬から下旬頃に歴史研究を始めた僕は、数日後に「記紀」の現代語訳本を流し読みして、『日本書紀』の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の黄泉国下(よみのくにくだ)り神話と『古事記』の沙本毘古王(さほひこのみこ)の反乱が合致して、伊弉諾尊(いざなぎのみこと;垂仁(すいにん)天皇を神格化)と伊弉冉尊(いざなみのみこと;沙本毘売(さほひめ)を神格化)と息子(実兄)の軻遇突智(かぐつち;沙本毘古王(さほひこのみこ)を神格化)を特定して、この奇跡が神話化と神格化の基礎理論(基本的な僕の考え方)の成立である。
理論的な詳細は、省略(しょうりゃく)するが、2003年3月頃に『日本書紀』の神名と人名の末名(まつめい)の「尊(みこと)」と「命(みこと)」の書き違いを特定して、成務(せいむ)天皇の稚足彦尊(わかたりひこのみこと)と日本武尊(やまとたけのみこと)を同一人物と証明して、2003年4月頃に欠史(けっし)八代の後半の天皇4世代と崇神(すじん)天皇から日本武尊(やまとたけのみこと)の4世代の合致を特定して、系図の祖先化を証明して、2003年8月頃に『日本書紀』の干支(えと)の年で、西暦年を求める即位年干支法(そくいねんかんしほう)を僕本人が名付けて、基礎理論(基本的な僕の考え方)全部ができた。
僕の歴史研究の基礎理論4つは、神話化や神格化・祖先化・子孫化や『日本書記』の神名と人名の末名「尊(みこと)」と「命(みこと)」の書き違いや即位年干支法(そくいねんかんしほう)が全部で、これを基本的・根本的に理論的な発展・研究・分析をして、世界中の誰(だれ)もできない日本神話の神々の領域…神域を完全解釈して、日本神話の神々が実在した人物と物を神格化したと証明して、神様を一番理解した意味で、「神(神様)に最も近い人間」を自称した。
2002年11月頃に神話化と神格化を特定した超天才の僕は、2003年4月頃に系図の祖先化を特定して、ここまでなら凡人(僕以外の人間)でも、特定できる可能性があるが、西暦年との対比ができなくて、誰(だれ)もが諦(あきら)める現実の壁(かべ)があるが、2003年8月頃に『日本書紀』の干支(えと)の年である即位年干支法(そくいねんかんしほう)を一から作(つく)って、西暦年と対比して、壁(かべ)を破(やぶ)って、不可能を可能にする奇跡の神技(かみわざ)を起こして、人類史上で初(はじ)めての大偉業を起こして、今日(こんにち)の僕の功績が生まれた。

2003年5月頃に僕は、僕が歴史研究を始めて約半年で、邪馬台国(やまたいこく;大和国:やまとこく)論争を徹底的に分析・研究して、1ヶ月ほどで成立した奇跡の神技(かみわざ)で、2003年6月頃に倭(わ)の五王(ごおう)の定説が僕の比定した皇族と年代的にずれると判明して、5人の倭王(わおう)の人名を古代中国語読みで考えて、歴代天皇の国風諡号(しごう)も古代中国語読みを仮定して、僕の自論を作成して、見事に定説を打破して、現在の僕の基礎理論(基本的な僕の考え方)が凄(すさ)まじい超スピードで、作(つく)られた神技(かみわざ)の中の神技(かみわざ)である。
邪馬台国(やまたいこく)論争と倭(わ)の五王(ごおう)は、日本神話と一緒(いっしょ)で、世界でただ一人の僕だけが詳細に特定できて、いずれ天皇家(皇室)も日本国政府も全人類も、僕を本当の第一人者や専門家と嫌(いや)でも認(みと)めて、日本中と世界中の評価と認識などが一瞬で変化して、本当の意味での神技(かみわざ)を目撃するだろう。

2012年1月中に僕は、『ホツマツタエ』の初代から7代目のオオモノヌシ(大物主;大物主神:おおものぬしのかみ)が初代から7代目の出雲国王を神格化したと特定して、出雲王国の正体が物部(もののべ)氏と気付いて、そこから出雲王国(物部(もののべ)王国)の系図や特徴などが次々に判明して、2025年5月18日に僕が記録したノートを見直して、物部(もののべ)氏と特定した西暦年月が判明して、2002年11月頃に僕が歴史研究し始めたのも、出雲王国(物部(もののべ)氏)の倭国大乱(わこくたいらん;狭穂彦王(さほひこのみこ)の反乱)で、今年2026年10月4日のWORDファイル作成も、出雲に関係する。
出雲王家(物部(もののべ)氏)は、謎(なぞ)の武家の古代豪族で、超天才の僕が古代天皇家の古代太陽神を祭った筆頭(ひっとう;複数の中で第一位・代表格として、最初に名前を挙(あ)げられる者)氏族で、霊魂や古神道(日本で外国の宗教の影響を受ける以前に存在したとする宗教)などに精通(せいつう)して、圧倒的な軍事力を持つ有力豪族で、その影響力があまりに凄(すさ)まじすぎて、一般的にもよく知られた武家の古代豪族だった。

飛び下り自殺未遂して、もみじヶ丘病院に入院中の2021年11月9日に僕は、父方の天照大神(あまてらすおおみかみ;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)の男系男子天皇でなく、母方の天照大神(あまてらすおおみかみ;神功(じんぐう)皇后を神格化)の女系男子天皇が現在の天皇家(皇室)の血筋に繋(つな)がると特定して、倭姫命(やまとひめのみこと)に子供がいなくて、神功(じんぐう)皇后の直系子孫が現在の天皇家と伝承して、女系天皇や女性天皇を認(みと)めるべきと主張する理由である。
現在の天皇家(皇室)は、父方の天照大神(あまてらすおおみかみ)の男系男子天皇が続いて、直系子孫の神武(じんむ)天皇の男系男子天皇も続くと伝承するが、父方の天照大神(あまてらすおおみかみ;倭姫命(やまとひめのみこと)を神格化)に子供がいなくて、母方の天照大神(あまてらすおおみかみ;神功(じんぐう)皇后を神格化)の直系子孫が現在の天皇家で、実在した初代天皇の崇神(すじん)天皇の直系子孫が神功(じんぐう)皇后で、先祖の崇神(すじん)天皇と子孫の神功(じんぐう)皇后を逆転させて、女性の太陽神の直系子孫である初代天皇の系図を作(つく)った。
しかし聖徳太子は、母方の天照大神(あまてらすおおみかみ;神功(じんぐう)皇后を神格化)を生み出して、歴史上で初(はじ)めての女性天皇(女帝)である推古(すいこ)天皇を即位(そくい)させたと考えられて、現代日本の女性皇族の皇位継承問題を解決する「きっかけ」を作(つく)ったはずで、未来の現代日本で、超天才の僕が忘(わす)れ去(さ)られた古代天皇家の歴史を再現して、未来を変えてほしいと願(ねが)ったのだろう。

2023年5月25日の午後5時頃に僕は、『古事記』の干支(えと)の年である崩年干支(ほうねんかんし)が正しいと特定して、神武(じんむ)天皇元年から武烈(ぶれつ)天皇8年(紀元前660年から西暦506年)が間違いで、崇神(すじん)天皇元年から武烈(ぶれつ)天皇32年(西暦84年から506年)が正しくて、2日後の5月27日に僕の2冊のノートなどが盗(ぬす)まれたと考えられて、翌月の6月18日に当時のノートパソコンが不正アクセスされて、犯人の存在が偶然の一致で片付けられないと考えられる。
神武(じんむ)天皇元年(紀元前660年)は、日本国の建国年だが、本当の日本国の建国年が崇神(すじん)天皇元年(西暦84年)で、実在した初代天皇の崇神(すじん)天皇と5代目天皇の仁徳(にんとく)天皇の2人を架空の初代天皇の神武(じんむ)天皇に祖先化して、間違いの武烈(ぶれつ)天皇8年(西暦506年)を正しい武烈(ぶれつ)天皇32年(西暦506年)に修正して、『日本書記』の即位年干支法(そくいねんかんしほう)と『古事記』の崩年干支(ほうねんかんし)の合致が西暦625年にヨーロッパで、作(つく)られた太陽暦の西暦年を採用したと、超天才の僕だけが証明した。
即位年干支法(そくいねんかんしほう)と崩年干支(ほうねんかんし)の合致は、僕の歴史研究でも超重要事項で、『歴代天皇の在位期間の対比図』と『即位年干支法(そくいねんかんしほう)と崩年干支(ほうねんかんし)』の章が詳述して、犯人がいるなら傍観(ぼうかん)せず、その後も自殺願望の持ち主の僕を肉体的・精神的に追いつめて、自殺する可能性を知りながらの犯行で、同情の余地がないと考えられて、この合致の大革命が後世までの伝説になる。

2026年1月3日の午前7時頃に僕は、インターネット検索サイトYAHOO!で、あるネット記事を見て、伊勢国(いせのくに;三重県中部)の神様の伊勢津彦命(いせつひこのみこと)の正体を特定して、垂仁(すいにん)天皇7年(西暦158年)に伊勢国(いせのくに)が名前の分からない敵国(記録からの想像)を平定して、古代天皇家の領土になって、19年後の垂仁(すいにん)天皇26年(西暦177年)に伊勢神宮の内宮と外宮ができたと特定した。
1月28日の午前6時25分頃に僕は、凡人(僕以外の人間)が島根県出雲市を出雲の国譲(くにゆず)り神話の舞台(ぶたい)と勘違いするが、出雲王国(物部(もののべ)氏)の崩壊(出雲の国譲(くにゆず)り神話に神話化)が島根県出雲市の右隣(みぎどなり)の島根県松江市が正しいと特定して、翌日1月29日の午後8時頃に島根県松江市の神魂(かもす)神社が古代の出雲大社と特定して、2大神社の伊勢神宮と出雲大社の大発見で、2026年1月中が超重要な大革命の時期である。
その日に僕は、『日本書紀』斉明(さいめい)天皇5年(西暦659年)に「厳(いつき)の神宮(かみのみや;一般的に島根県松江市の熊野(くまの)大社と考えられるが、同市の神魂(かもす)神社が正しい)の修造(しゅうぞう;新しい神社を建造すること)」を命令して、霊亀(れいき)2年2月丁巳(ひのとみ)の日(西暦716年3月頃)に出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏の先祖である出雲果安(いずものはたやす)が島根県松江市大庭町(おおばちょう)563番地の神魂(かもす)神社から、島根県出雲市大社町(たいしゃちょう)杵築東(きづきひがし)195番地の出雲大社に移住したと特定した。
斉明(さいめい)天皇5年(西暦659年)に神魂(かもす)神社は、出雲大社への移築を命令して、57年後の霊亀(れいき)2年2月丁巳(ひのとみ)の日(西暦716年3月頃)が出雲大社の始(はじ)まりの日と考えられて、新築の建造まで57年間かかった理由が出雲大社の境内(けいだい)で、2000年と翌年の調査で出土した宇豆柱(うずばしら)が鎌倉時代前半の1248年に造営した出雲大社本殿の支柱の可能性が高くて、平安時代中期に書いた子供用の教科書の『口遊(くちずさみ)』に出雲大社本殿の次に東大寺(とうだいじ)大仏殿(だいぶつでん)で、次に平安京(へいあんきょう)大極殿(たいごくでん)の高さが低いと記して、出雲大社本殿の高さが48メートルの可能性が高い。
同(おな)じく僕は、出雲大社の元宮(もとみや;元々の神社)が島根県雲南(うんなん)市の三屋(みとや)神社と京都府亀岡市の出雲大神宮の2つで、神魂(かもす)神社がワザと元宮(もとみや;元々の神社)の伝承を残さず、出雲大社の元宮(もとみや;元々の神社)2つの伝承から考えて、古代の出雲大社が別の場所に存在した仮説(かせつ;仮(かり)の考え方)が成立して、古代の出雲大社が神魂(かもす)神社と考えられて、出雲大社の本殿神代(かみよ;神様の時代)に32丈(96メートル)で、平安時代に16丈(48メートル)で、現在が8丈(24メートル)の高さと記す。

2026年6月2日の午前8時10分頃に僕は、神功(じんぐう)皇后の摂政(せっしょう)63年10月20日(西暦323年11月頃)に古代の出雲大社である神魂(かもす)神社の裏山(うらやま;恐(おそ)れ多くて、山名(さんめい)が無いと考えられる。)に積葉八重事代主(つみはやえことしろぬし;宇迦都久怒(うかずくぬ)を神格化)が宮司として、初代と2代目の大国主神(おおくにぬしのかみ;彦坐王(ひこいますのみこ)と子孫の飯入根(いいいりね)を神格化)を祭ったと求めた。
仲哀(ちゅうあい)天皇9年神無月17日(西暦260年11月中旬頃)の出雲王国(物部(もののべ)氏)の崩壊(出雲の国譲(くにゆず)り神話に神話化)は、63年後の摂政(せっしょう)63年10月20日(西暦323年11月頃)が古代の出雲大社である神魂(かもす)神社の始(はじ)まりの日と考えられて、63年間で神魂(かもす)神社本殿の高さ48メートルまで建築し終えて、出雲大社本殿を建築し終えるのに57年間かかったと考えられて、63年間の築造期間が妥当(だとう)な計算の年数と考えられる。
摂政(せっしょう)63年10月20日(西暦323年11月頃)に始(はじ)まる古代の出雲大社の神魂(かもす)神社は、393年後の霊亀(れいき)2年2月丁巳(ひのとみ)の日(西暦716年3月頃)に出雲大社に移築して、世界でただ一人の僕だけが特定できた史実・真実・事実と考えられて、23年半以上の歴史研究の成果で、奇跡の中の奇跡(伝説の中の伝説;神技(かみわざ)の中の神技;かみわざ)である。
島根県松江市の神魂(かもす)神社は、北緯35度22分の富士山と出雲大社を直線で、結んだ春分と秋分の日の直線上(北緯35度22分の「御来光(ごらいこう)の道(レイライン;太陽の道)」上)にあって、天日隅宮(あめのひすみのみや)と呼ぶ出雲大社と共に神魂(かもす)神社が太陽信仰の超重要な神社でもあって、富士山と出雲大社を測量して、直線上に存在することを確認した後で、創建(そうけん;神社を初(はじ)めて建(た)てること)したと考えられる。

2026年8月1日の午前2時頃に起きる前に僕は、夢の中でまどろみながら、倭五狭芹彦命(やまといさせりひこのみこと)の系図に違和感を覚(おぼ)えて、約1時間後の午前3時すぎに倭五狭芹彦命(やまといさせりひこのみこと)の墓(はか)が岡山市付近にあると特定して、同(おな)じく午前3時すぎに西国反乱(さいごくはんらん;兵庫県南部と岡山県と鳥取県西部と島根県東部の平定)の年代が垂仁(すいにん)天皇29年(西暦180年)の前年の垂仁(すいにん)天皇28年(西暦179年)も含(ふく)めるとも特定した。
8月4日の朝に僕は、岡山県倉敷(くらしき)市の弥生時代後期後半築造の楯築墳丘墓(たてつきふんきゅうぼ)が垂仁(すいにん)天皇の皇后である日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)の墓(はか)と特定して、楯築墳丘墓(たてつきふんきゅうぼ)の特殊器台(きだい)土器が考古学(遺跡・遺物)で、最古の特殊器台埴輪(きだいはにわ)とも特定して、古墳時代の埴輪(はにわ)が弥生時代後期後半にあったと証明して、超重要な大発見で、5つ目の古代皇族の墓(はか)が判明した。
他(ほか)の古代皇族の墓(はか)は、崇神(すじん)天皇陵(てんのうりょう)が瀬田(せた)遺跡の円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)で、円形周溝墓(えんけいしゅうこうぼ)が弥生時代の前方後円墳型の墓(はか)で、垂仁(すいにん)天皇陵(てんのうりょう)が纏向石塚(まきむくいしづか)古墳で、景行(けいこう)天皇陵(てんのうりょう)が箸墓(はしはか)古墳で、纏向石塚(まきむくいしづか)古墳と箸墓(はしはか)古墳が最古の前方後円墳型の説(せつ)があって、日本最大の前方後円墳で、日本最大の古墳でもある安康(あんこう)天皇陵(てんのうりょう)が大仙(だいせん)古墳で、4つの歴代天皇の墓(はか)が100%間違いない。

2026年9月10日の午前11時分40頃に僕は、中央タクシーに乗って、ジャスコ(イオン)福知山店に向かう時、タクシー運転手に有力な古代豪族の弱体化を歴史談義して、後に文章化した史料作成をして、「記紀(きき;『古事記』と『日本書紀』)」の総合監督の藤原不比等(ふじわらのふひと)が有力な古代豪族を弱体化させた理由がはっきりして、これを特定することが僕の歴史研究の最終的な目的だったと思えて、それを後世に伝(つた)える必要性・重要性を再認識したためである。
斉明(さいめい)天皇5年(西暦659年)から霊亀(れいき)2年(西暦716年)までの57年間は、神魂(かもす)神社から出雲大社に神社を移築したか、現在地の出雲大社を新築したかで、出雲大社宮司家の千家(せんげ)氏に負担(ふたん)させて、養老3年3月22日(西暦719年4月16日)に京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社を作(つく)り終えて、本殿の神明造(しんめいづく)りや境内(けいだい)も完成して、元伊勢籠(この)神社宮司家の海部(あまべ)氏も負担(ふたん)させて、他(ほか)の有力な古代豪族の祖先神も隠(かく)して、政治的・社会的・精神的・金銭的(きんせんてき)に弱体化させられたと考えられる。

2026年9月下旬に僕は、『日本書紀』斉明(さいめい)天皇5年(西暦659年)に「厳(いつき)の神宮(かみのみや)の修造(しゅうぞう;新しい神社を建造すること)」を命令したのが島根県松江市の熊野(くまの)大社でなく、出雲大社の可能性を考え始めて、すでに西暦659年に出雲大社が現在地にあって、57年かけて霊亀(れいき)2年(西暦716年)まで、高さ48メートルの出雲大社本殿を建築し直した可能性も、あるのでないかと疑問視した。
また9月30日の午前12時10分頃の昼食中に僕は、家族(両親と兄の3人)に話した内容が超重要で、古代の出雲大社本殿が高さ48メートルの時、本殿に御神体(ごしんたい)を置いても、本殿が倒壊すると壊(こわ)れるため、御神体(ごしんたい)が出雲大社本殿の裏山(うらやま)の八雲山(やくもやま)にある可能性が高くて、古代の出雲大社の神魂(かもす)神社本殿も、裏山(うらやま;恐(おそ)れ多くて、山名(さんめい)が無いと考えられる。)に御神体(ごしんたい)があった可能性が高いと考えられる。

2026年9月10日に僕は、藤原不比等(ふじわらのふひと)が有力な古代豪族を政治的・社会的・精神的・金銭的(きんせんてき)に弱体化させた理由を幾(いく)つも特定して、10月4日に『古代豪族を弱体化させた理由』の章と、『継体(けいたい)天皇の(皇位)継承問題』の章の2つを作り終えて、天皇家(皇室)が決(けっ)して、簡単に目を背(そむ)けてはならない超重要問題で、その大切な意味・価値を理解する必要がある。
出雲大社は、斉明(さいめい)天皇5年(西暦659年)か霊亀(れいき)2年(西暦716年)にできた可能性があって、養老3年3月22日(西暦719年4月16日)に京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社ができて、西暦712年に『古事記』が献上されて、8年後の西暦720年に『日本書紀』が献上されて、「記紀(きき;『古事記』と『日本書紀』)」の中で有力な古代豪族の祖先神が隠(かく)されて、「記紀(きき」の総合監督の藤原不比等(ふじわらのふひと)が有力な古代豪族を政治的・社会的・精神的・金銭的(きんせんてき)に弱体化させた。
武烈(ぶれつ)天皇24年(西暦498年)の平群真鳥(へぐりのまとり)の反乱は、皇位継承者(男系男子天皇)を巡(めぐ)る内乱で、継体(けいたい)天皇元年(西暦507年)の継体(けいたい)天皇の即位も、男系男子天皇の皇位継承問題で、継体(けいたい)天皇の息子3人の男性天皇と、継体(けいたい)天皇の直系子孫で、101代目天皇の今上(きんじょう)天皇(現在の天皇陛下)までも、男系男子天皇の皇位継承問題が関係して、旧11宮家の男系男子の養子問題が解決する「きっかけ」になるかもしれない。
女系(母系)の天照大神(あまてらすおおみかみ;台与(とよ)の神功(じんぐう)皇后を神格化)は、直系子孫の現在の天皇家(皇室)まで、血筋が続くと伝承して、現在の女系天皇と女性天皇の女性皇族の皇位継承問題を解決する「きっかけ」になる可能性を示(しめ)して、日本中や世界中の愛子様を次代の天皇に望(のぞ)む期待の象徴になるかもしれない。

このように僕の功績は、言葉で表現できないほど、あまりにも凄(すさ)まじくて、偉大すぎる超天才で、人間としての器(うつわ)が違うが、精神障害の統合失調症…自殺願望の持ち主で、肉体的・精神的に弱(よわ)すぎて、多くの人に迷惑をかける問題児でもある。

凄(すさ)まじすぎる僕本人の超感性と好転性
2002年10月頃に歴史研究を始めた僕は、2004年9月9日から10月20日まで、同名の2冊の『私という存在』のノートを手書きで記して、2年以内の歴史研究の結果をまとめた最重要史料で、その2冊のノートとそれ以降の歴史研究などの記録も、まとめた『僕の閃(ひらめ)きのスピード』の章を公表して、近年の超頭脳や超知識などの頭の回転スピード(考え方の進化スピード)が凄(すさ)まじすぎて、理論解説した膨大な記録が証拠で、後にタイトル(題名)を『僕の閃(ひらめ)きの超進化スピード』に改名した。
僕の歴史研究の超頭脳や超知識は、年代や内容などを圧倒的に特定した自分の才能に僕本人も驚愕(きょうがく)して、その能力の強大さに自分でも恐怖して、他人が理解できない僕本人の苦悩で、自分の能力の強大さに恐怖した他人の話も多くあって、他人の気持ちが理解できて、あまりに具体的な内容を語る事実・真実である。

2021年10月13日の午前9時頃に僕は、骨折した左肩と左手首の2度目の手術をして、2つの骨折部分に金属を埋め込んで、10月21日の午前9時から3度目の手術をして、骨折した右手首の骨折部分に金属を埋め込んで、右手の親指が十分に開かないようになって、飛び下り自殺未遂の手術の後遺症で、僕の身体障害がおそらく認定されないだろう。
飛び下り自殺未遂した僕は、両手首の手術で、金属を埋め込んだのが握力の低下した第1理由で、10月21日に転院したもみじヶ丘病院を退院後に毎日、ノートパソコンの右手のマウスを長時間操作して、右手に負担がかかって、握力が低下した第2理由である。
僕は寝る時に横向きが多くて、よく両手首を抱(かか)えるようにして、両手首を圧迫して負担がかかって、握力が低下した第3理由で、以上3つの理由で握力が低下して、自転車の運転が不可能と考えて、僕がずっと日交タクシーに乗る根本的な理由で、僕の握力が大きいビニール袋に1.5リットルのペットボトル6本の合計9キログラムでも、持つのに耐えられなくて、自転車の運転が不可能と考えて、2022年1月以降から、ずっとタクシーに乗る根本的な理由である。
他の2つの握力低下の理由を省略した僕は、2023年末頃から2026年の今まで、歴史研究の自論をタクシー運転手に話すようになって、ある時(2025年前半頃)タクシー運転手に『まるで見て来たように話すんですね』と言われて、縦横無尽に求める僕の自論の超知識を短時間で、考古学(遺跡・遺物)と歴史学(歴史書解釈)を合致して、要点を超速の情報処理でまとめて、話した凄(すご)すぎるエピソード(ある人のあまり知られてない興味深い話;逸話:いつわ)である。

2002年10月頃に歴史研究を始めた僕は、今年2026年10月以降に24年目に突入して、僕が1980年(昭和55年)11月28日の午後3時頃生まれで、占星術(せんせいじゅつ;星占(ほしうらな)いや星読(ほしよ)みなど)の射手座(いてざ;11月23日から12月21日までの生まれの人)が今年2026年に24年ぶりに全(すべ)てが好転して、生年月日や出生時間や干支(えと)の年などで、生まれた人の運命を推定する四柱推命(しちゅうすいめい)と、申年(さるどし)生まれなども、圧倒的な好転性を示した。
僕の好転性と歴史研究の公表などは、今年2026年に大革命を起こすはずで、天皇家(皇室)と歴史(古代天皇家の歴史など)と宗教(神道など)と神話(日本神話やギリシア神話やトルテカ神話など)と政治と社会など、日本国内や世界中に圧倒的な影響力を与(あた)えて、考え方などを100%方向転換して、全(すべ)てを実現してしまう可能性を昔から、僕自身が本能的(直感的;直観的:無意識的)に自覚して、何もできない恐怖心が存在した。

障害者の僕と今後の展望(てんぼう;将来を見通すこと)
僕は高校生まで、ゴミをちゃんと片付けたが、1999年4月9日の午後3時頃に京都経済短大で、選択する予定の講義の受講説明を終えて、自転車で学生寮に戻る時に交通事故にあって、脳挫傷(ざしょう)・くも膜下出血になって、麻痺(まひ)や失語症などの後遺症がなくて、短大生時代にゴミが片付けられなくなって、3年半後の2002年10月頃に古代日本史(古代天皇家の歴史)研究を始めて、凄(すさ)まじい成果を出して、頭を打って頭が良くなった高次脳機能障害と考えられて、2026年2月26日の朝に短大生時代にゴミが片付けられない前後関係に気付いて、超天才の高次脳機能障害の可能性が低い。
確かに僕は、高次脳機能障害の可能性があるが、2026年10月12日の朝から翌日10月13日の夜まで、手書き論文の『僕が天才な理由』の原本を書いて、その特徴などから、自分が発達障害でなく、学習障害の可能性が高いと考えて、高校生まで母が綺麗(きれい)にゴミを片付けて、短大生時代にゴミが片付けられないと気付いて、学習障害のディスレクシア(読み書き障害;難読症)などの特徴で、精神疾患の強迫性障害(OCD)やホーディング障害(ため込み症)なども当てはまって、精神科の主治医から、発達障害の可能性を強く診断されて、学習障害の可能性を見逃されたと考えて、時間が十分になくて、学習障害の資料が揃(そろ)ってない。
IQ(知能指数)は、110から90までが平均値で、85から70ほどが境界知能で、2004年12月13日に最初のIQテストWAIS(ウェイス)で、言語性95動作性82全IQ85で、2023年9月19日に2番目のIQテストWAIS(ウェイス)で、言語性75動作性76全IQ73で、2026年4月6日の3番目のIQテストWAIS(ウェイス)で、言語性と動作性を忘(わす)れて、全IQが77で、僕が明(あき)らかに境界知能でも、IQ(知能指数)の高さで、僕の超天才(超高知性)が証明できるはずも無くて、一生懸命に頑張っている。
大江(おおえ)高校2年生の修学旅行3日目の1997年11月8日は、長崎市の自由行動の時間に一緒に暮らす祖父の死に目に会えず、命・魂・精神・戦争・平和の分野を考えて、人間的に大きく成長したが、自殺願望を生み出す「きっかけ」にもなって、2004年11月18日の朝に最初のリストカット(自傷行為)と自殺未遂をしてから、最低でも合計4回のリストカット(自傷行為)をして、2021年10月2日の夕方に一回の飛び降り自殺未遂をして、精神障害の統合失調症…自殺願望と判断されて、今現在まで至(いた)る。
1999年4月9日の午後3時頃に交通事故にあった僕は、脳挫傷(ざしょう)・くも膜下出血で、京都市のシミズ病院の脳神経外科に入院して、その特に脂肪肝と診断されて、その後に地元の福知山市民病院の内科で、非アルコール性脂肪肝炎(NASH:ナッシュ)と判断されて、同時期か少し後からか不明で、糖尿病予備軍の境界型糖尿病と診断されて、後の糖尿病に発展して、非アルコール性脂肪肝炎(NASH:ナッシュ)と糖尿病の二足草鞋(にそくわらじ)で、ずっと内科で診察を受ける。
天才が食欲旺盛(おうせい)な理由は、明確な科学的根拠が無くて、食欲の強さと知能が基本的に別物で、僕が摂食(せっしょく)障害の可能性があって、睡眠(すいみん)不足やストレス、血糖値の乱高下(らんこうげ)、レプチン・グレリンなどの食欲ホルモンの乱(みだ)れなどで、空腹(くうふく)になりやすくて、僕が集中的に長時間の歴史研究などをした時、脳のエネルギー源のブドウ糖を多く使って、空腹(くうふく)を感じやすいかもしれないが、これの個人差が大きくて、明確な因果(いんが)関係を証明できず、僕の食(た)べすぎと下痢(げり)が関係すると思う。

僕は脳挫傷(ざしょう)・くも膜下出血による高次脳機能障害、おそらく学習障害の可能性、全IQ(知能指数)85と73と77の境界知能、精神障害の統合失調症…自殺願望、非アルコール性脂肪肝炎(NASH:ナッシュ)と糖尿病、おそらく摂食(せっしょく)障害の食(た)べすぎと下痢(げり)などが僕の現在の病状と考えられて、周囲の根本的な病気の理解、僕の歴史研究…古代日本史(古代天皇家の歴史)研究など、複数の分野の超天才的(長高知性)の総合的な理解が必要で、日本中や世界中に正しく知ってもらって、そこから僕本人の今後の対策・対処などを考える日本国政府主導の国家規模の動きが必要だと思う。
現在の僕の病状は、歴史研究などの血的な研究に関係した病理的な改善が必要なくて、むしろ改善することで、現在の僕の知的な研究ができる超頭脳や超知識を無理矢理にでも、奪(うば)ってしまう可能性があって、人類規模の知力(知性)の損失につながることを理解する必要がある。

天才ほど心は、先に壊(さき)れて、孤独に慣(な)れすぎて、一人でいる方が楽(らく)だと感じて、人と距離ができやすくて、世界に強い違和感を覚(おぼ)えて、周囲の価値観に心から、納得(なっとく)できず、集中力に極端(きょくたん)なムラがあって、興味があることに異常に没頭(ぼっとう)して、完璧(かんぺき)を求めすぎて、自分を追(お)いつめて、理想が高すぎる。
僕は常(つね)に自己否定を繰(く)り返して、周囲と話がかみ合わないと感じて、考え方の前提(ぜんてい)が違(ちが)いすぎて、孤立しやすくて、評価されるほど不安になって、期待(きたい)が重荷(おもに)に変化して、普通(ふつう)になれない苦(くる)しさを感じて、周(まわ)りに合わせようとしても、どうしてもズレてしまって、全部僕に当てはまる。

発明王トーマス・エジソンと20世紀最高の天才アルバート・アインシュタイン博士など多くの天才は、早くから才能を発揮した早咲きの天才だが、45才以上で世の中に認められる可能性のある僕が大器晩成型(たいきばんせいがた;大きな器(うつわ)を晩年(ばんねん)に成功させるタイプ)の天才で、僕の同類が画家のゴッホなど少数の天才で、僕の歴史研究が圧倒的な考え方を蓄積して、血と汗と涙と努力の結晶である。
僕の歴史研究は、基本的に一匹狼で、群(む)れることがほとんどなくて、日本語入力ソフトWORDファイルの文章やホームページプログラム修正などの入力速度が遅くて、歴史研究の修正内容が多すぎて、自分で文章修正するより、アシスタントを雇(やと)うなど、協力者を求める方法を考える必要があって、僕が生きている限り、修正し続ける作業が続いて、歴史研究の公表が大革命の「きっかけ」になるだろう。

岩本竜さんとの出会いと影響力
2025年12月24日の午前7時頃は、もみじヶ丘病院の退院日で、朝食中に同じ入所者の岩本竜さん(本人に実名を出してOKと返事を得た)と会話して、彼に指摘されて初めて、僕の考え方が宗教家の岡本天命(おかもとてんめい)や巫女(みこ)のような天の啓示(けいじ;神様の声)を聞いて、生まれた知識と違うと気付いて、23年以上の歴史研究で、蓄積した知識を自分の頭で考えた物である。
僕の超知識は、天の啓示(けいじ;神様の声)を聞いて、生まれた知識と違って、地動説や相対性理論などと同じく、全て自分の頭で考えて、生まれた考え方で、自分のことを他人に指摘されて、改善や成長に生かした実例で、前の主治医の菅間先生が僕を精神障害の統合失調症と診断して、当てはまる妄想(もうそう)や幻覚(げんかく)の症状もあるが、自分が本当に統合失調症か、疑(うたが)う気持ちがある。
岩本竜さんとの会話は、僕自身の間違いを指摘されて認めて、正して今後に生かす行動が大切と話して、彼の指摘を参考にネット検索して、この記録を2025年の大晦日(おおみそか)の朝に記し始めて、おそらく大晦日(おおみそか)の昼に家族に話したのが確実で、2026年1月5日の午前6時50分頃にトップページ上段のジャンプページ『僕の考え方の自己分析』の一番上に『自分の過(あやま)ちを認めること』の章に書き加えた。
僕にとって岩本竜さんの存在は、非常に大きくて、仲良くするか、仲良くしないかを別にして、以前から僕が年末年始頃に退院できたら、史料やホームページを大修正する予定で、僕の史料たちの修正に多大な影響を与(あた)えて、僕の生き方や考え方などにも、大きく影響して、彼の存在感や影響力が非常に大切である。

ネットの不安と恐怖心と境界知能
2021年10月1日は、眞子様の結婚に関する記者会見を宮内庁がして、僕が眞子様のインターネットの書き込みで、結婚に反発する人々が「妬(ねた)み」や「嫉妬(しっと)」を抱(いだ)くからと言うのを見た。
10月2日の午後2時頃に僕は、一緒に暮らした祖父母の25回忌と7回忌の法事に参加して、眞子様の結婚に国民が怒る理由が「妬(ねた)み」や「嫉妬(しっと)」で、それが僕の歴史研究に向く恐怖に駆(か)られて、午後5時24分頃に土師川橋(はぜがわばし)の真ん中(約10メートル;3階分の高さ)から、飛び下り自殺未遂をして、福知山市民病院の救急外来に運ばれて、小腸が切れて、両手首と左肩を骨折したのが判明した。
僕の飛び下り自殺未遂は、死ぬほど痛い思いをして、僕の好きなアニメ『新機動戦記ガンダムW』で、主人公ヒイロ・ユイのセリフの「死ぬほど痛いぞ」を実感した。

おそらく2020年4月以前に僕は、73代目・武内宿禰(たけのうちのすくね)の竹内睦泰(たけうちむつひろ)氏にメールして、2020年1月13日に竹内睦泰(たけうちむつひろ)氏が亡くなって、2023年6月10日にユーチューブのコヤッキースタジオが茨城『竹内文書(たけのうちもんじょ)』を一般公開する暴露動画を出して、それを僕が6月13日から14日頃に見て、医療保護入院する1番目の「きっかけ」になった。
2023年7月12日の医療保護入院は、竹内(たけうち)氏の関係者の神職が絶対に公開しないはずの茨城『竹内文書(たけのうちもんじょ)』の一般公開を公表して、当時のノートパソコンの不正アクセス、新宿の出版社の文芸社に送った6冊目と7冊目のノートが行方(ゆくえ)不明で、この3つの「きっかけ」が重なって、精神的に不安定になって、自分でもみじヶ丘病院に入院を望んだ。

僕は自分の著書を出版した以降、ネット検索して自分の名前などを調べ回る時があって、僕への誹謗(ひぼう)中傷などが目についた場合、自殺する「きっかけ」になったり、相手を特定できる証拠などを残すかもしれず、ネット情報で僕の生死や精神状態が左右されて、今後もないと断言できない。
僕は精神障害の統合失調症…自殺願望の持ち主で、2度も重傷の自殺未遂(左手首を7針縫ったリストカットと高さ10メートルからの飛び降り自殺未遂)を繰り返して、精神的に非常に不安定で、気を付けなければ、どうするか分からなくて、注意が必要と警告する。

2004年11月18日に僕は、最初の自殺未遂とリストカット(自傷行為)で入院して、12月13日に最初のIQテストWAIS(ウェイス)を受けて、言語性95動作性82全IQ85で、2023年9月19日に2度目のIQテストWAIS(ウェイス)を受けて、言語性75動作性76全IQ73で、もみじヶ丘病院に入院中の2026年4月6日に3度目のIQテストWAIS(ウェイス)を受けて、全IQ77と聞いて、僕の全IQが85と73と77で、一般人(凡人)の平均値のIQ110〜90より低いが、超高レベルな知性を示した。
僕の超頭脳(超感覚)は、僕の全IQが85と73と77の診断結果で、2024年3月6日の午後3時頃にネット検索で、境界知能を知って、境界知能がIQ85未満70以上ほどで、知的障害と平均域の間のグレーゾーンで、うまくできなくて、理解度が低いのに当てはまって、ネット検索すると、境界知能の犯罪者が多くて、天才の実例が少なくて、IQ(知能指数)の高い人物の実例がネット上にありふれて、僕が絶対に知能や行動に問題がないと言えず、極端な行動や自殺願望を起こすなどが当てはまるかもしれない。
僕は勝手に自分で発達障害や知的障害と決め付けて、2026年6月中旬までそれを疑(うた)ったが、1999年4月8日の午後3時頃の交通事故で、頭を打ったクモ膜下出血で、高次脳機能障害になった可能性が高くて、それと境界知能が相(あい)まって、コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)を発展させた可能性を考えるようになった。
僕の凄(すさ)まじすぎる考え方は、コペルニクス的展開「自己認識の再構築」が偶然に求めた産物で、僕の日本神話を完全解釈して神格化した人物の特定方法、「記紀」などの歴史書の偽装工作を排除する方法など、これらの僕の考え方をどうしても求められないが、自分なりの自己分析を幾(いく)らでもして、WORDファイルの資料にまとめ続けて、これがIQテストで分析できない理由でもある。
さらに僕は、現代哲学理論「現象学」を証明して、人間の考え方そのものを定義付けて、日本神話の神々の領域…神域を完全解釈して、神様を理解できる唯一の人間で、考え方と神様が人の考え方の究極を分析・定義して、僕が人類史上最高の超天才の一人と考えられて、僕のIQ(知能指数)が知力を測(はか)れない実例と2022年に自覚した。

僕の歴史研究の自論を話した人たち
僕の歴史研究を家族以外で、初めて話した人は、2004年5月8日の午後2時から3時頃の一時間を対談した京都府宮津市の元伊勢籠(この)神社の故海部光彦(あまべみつひこ)宮司で、僕に哲学の勉強を薦(すす)められて、エドムント・フッサールの現代哲学理論「現象学」を知って、後に僕が「現象学」で、コペルニクス的転回(非常識な考え方の集合体)や、僕の考え方であるコペルニクス的転回「自己認識の再構築」の2つを自己分析して、その基礎理論の教本を作って、僕が哲学者を名乗る「きっかけ」である。
僕は古代日本史研究で、僕の歴史研究を相談した有名人が2人で、時期不明に邪馬台国(やまたいこく)の会に出席して、安本美典(やすもとびてん)氏に会って、2012年6月16日に福知山市の三和壮(みわそう)で邪馬台国(大和国;やまとこく)論争の講演をした考古学者の赤塚次郎(あかつかじろう)氏に会って、2人に僕の自論を展開して話したが、ほとんど理解されなかったと思う。
僕の超天才的な考え方は、凡人(僕以外の人間)に理解できる人間がどれだけいるか分からなくて、超高度な論理的根拠を把握できるか不明で、僕の自慢に聞こえるが、間違いなく正しい理解であって、凡人(僕以外の人間)に分かるレベルの内容を理解しにくい超越者の僕の悩(なや)みでもある。
僕の考え方は、あまりに超高度すぎて、現代人(僕以外の人間)に共感できるだけの僕並みの超頭脳や超知識がなくて、ほとんど付いてこられない当然の結果で、超天才の僕が超高レベルの理論展開をする証明で、いずれ凡人(僕以外の人間)でも理解できる教本を作りたいが、僕の考え方を世界中の他人の考え方で、理解できるレベルまで落として、伝える必死な努力が必要である。
2023年5月25日の午後5時頃に僕は、崩年干支(ほうねんかんし)を証明して、古代天皇家の西暦84年から329年と西暦330年から506年までの年代が繋(つな)がって、5月27日の午後3時40分頃に僕の自宅の下方に暮らす芦田拓也さんと10分間ほど話して、崩年干支(ほうねんかんし)の証明や西暦84年から506年まで年代特定できたことを話した最初の人である。

僕が古代日本史(古代天皇家の歴史)研究を完全解釈できた理由
世界中の宗教は、唯一神のヤハウェやアッラーなどが絶対神として、信者に教義を強制して、日本神話の神々(八百万(やおよろず)の神々)が山河(さんが)や森(もり)や岩(いわ)など、万物(ばんぶつ)に神様(霊魂)が宿(やど)ると考えて、日本人が子供の頃から、八岐大蛇(やまたのおろち)退治神話や因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)神話などの日本神話を何となく学んで、神道の初詣(はつもうで)や仏教の葬式やキリスト教のクリスマスなどをして、自然に宗教や神様に触(ふ)れ合って、そういう行為や意味で、日本人が最(もっと)も、神様に近い民族だと言えるだろう。
日本人は、最(もっと)も神様に近い民族と定義して、僕がその日本人の精神性を幼少から、少しでも理解して、人生経験6つ(恐竜や地学(天文学や地質学など)や考古学や矛盾(むじゅん)や超古代文明や祖父の死に目に会えなかったこと)が歴史研究の土壌になって、古代日本史(古代天皇家の歴史)研究を始めて、歴史研究の基礎理論(基本的な僕の考え方)4つ(神話化や神格化・祖先化・子孫化や『日本書記』の神名と人名の末名「尊(みこと)」と「命(みこと)」の書き違いや即位年干支法;そくいねんかんしほう)を作成して、人生経験6つと基礎理論4つを合わせて、「歴史研究の10大要素(10大要点)」と名付けた。
僕の「歴史研究の10大要素(10大要点)」は、凡人(僕以外の人間)が歴史研究で、学習や勉強して、体得できる基礎理論として、役立(やくだ)つ可能性が高くて、後世の学習要素に超重要なはずで、僕がこれらの多くの理由で、成長・発展・分析・研究し続けて、たった一人の独学で、孤独に一大理論(超理論)を作成したことが認(みと)められて、報(むく)われる瞬間が来たのだろう。

僕としんぶん赤旗の関係
僕の家は、幼少から日本共産党の「しんぶん赤旗」を購入して、正確に明記しないが、多くの章に利用や影響を受けて、幼少から僕の考え方などに深く影響して、僕の人間性の根幹に影響したと考えられて、「しんぶん赤旗」が日本共産党の支持に関係なく、日本共産党ホームページの「しんぶん赤旗」を一読して、ウクライナ侵攻のロシア報道の一貫性、他の記事の詳しさやクオリティの高さ、内容の充実性などを確かめることを勧(すす)める。
幼少から影響を受けることは、人の考え方や行動や性格など色々と現れるはずで、僕がしんぶん赤旗や宗教や死生観などが深く影響したのが明白で、僕の古代天皇家の歴史研究が成功する多くの「きっかけ」につながって、しんぶん赤旗を長い目で一読して、他の政党のやり方や考え方などを深く知って、社会事情などに詳しく踏み込んで、国内や世界中に広く目を向けて、正しい情報を知ってほしいと僕は思う。
僕のホームページや本は、幼少から僕が「しんぶん赤旗」を毎日読んで、僕の人間性の根幹を作って、今の僕がその影響で、歴史研究をまとめたと考えられて、僕の考え方や人間性などに深い影響を与(あたえ)えたと思う。

僕の罪(つみ)と償(つぐな)いの道
僕自身は犯罪者で、福知山共同作業所の通所中にガンダムなどのDVDのダビングで著作権侵害、いつか不明でアダルトゲーム(美少女ゲーム)の不法投棄で、福知山市の条例違反を告白して、罪(つみ)を償(つぐな)うために公表して、僕が罪(つみ)を告白したのが長年に渡って罪悪感があって、いつか告白すべきと考えて、デジタルタトゥーに残るのを覚悟で公表して、償(つぐな)うことを選んだからで、自殺未遂を繰り返すなど、僕が決して完璧(かんぺき)な人間でなく、多く悩(なや)んだり苦しんだりする。

<参考文献>
『完訳秀真伝』
編著者・鳥居礼 発行・八幡書店
『ホツマ辞典』
著者・池田満 発行・ホツマ刊行会
『日本書紀(上)(下)全現代語訳―全二巻―』
著者・宇治谷孟 発行・株式会社講談社
『古事記(上)(中)(下)―全三巻―』
著者・次田真幸 発行・株式会社講談社
『新訂 魏志倭人伝 他三篇―中国正史日本伝(1)―』
編訳者・石原道博 発行・株式会社岩波書店
同名の2冊の『私という存在』のノート
著者・僕
インターネットの不明サイトから少々拝借

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僕本人のこと 僕のよく使う歴史書 僕と専門家の考え方の違い 僕が特定した神代 僕が特定した人代 僕が特定した神社 僕が特定した考古学的証拠
僕の閃きの超進化スピード 僕が超重視した歴史書順 「尊」と「命」の書き違い 神格化された系図 古代日本人のイメージ 彦坐王と太陽信仰の神社 弥生・古墳時代の鉄器文化
僕の超頭脳と恐怖心 『ホツマツタエ』 祖先化した系図 伊弉冉尊 古代豪族の格付け 伊勢神宮と元伊勢 瀬田遺跡の円形周溝墓
僕の人類史上初の大偉業 『日本書紀』 即位年干支法と崩年干支 天照大神 各氏族の出自 京都府北部の元伊勢 埴輪
僕の言霊と称号と功績 『古事記』 歴代天皇の在位期間の対比図 月読尊 彦坐王 天照玉命神社 纏向石塚古墳
僕の詠んだ句 『竹内文書』 古代皇族の年齢と在位期間 素戔嗚尊 倭の姫と日本の武 熊野大社と熊野三山 纏向遺跡
本当の僕自身 『先代旧事本紀』 時代区分の概念化 天穂日命 倭姫命 神魂神社などの元宮 吉野ヶ里遺跡
自殺や殺人の願望と歴史研究 『後漢書』 北九州4ヶ国の間違い 経津主神と武甕槌神 日本武尊 出雲大社 箸墓古墳
真の意味 『三国志・魏志倭人伝』 邪馬台国論争の証明 瓊瓊杵尊 神功皇后 石上神宮 東日本の古墳埋葬者
『宋書』 女王国 大国主神 武内宿禰 熱田神宮 仁徳天皇陵は本物か?
倭の五王の定説と自論 火火出見尊 仁徳天皇 宗像大社と沖ノ島 稲荷山鉄剣
僕と現代人の考え方の違い 古代天皇家の歴史の詳細 歴代皇族の疑問点 僕が特定した神様の超知識 僕が特定した古史古伝 僕が特定した考え方
僕の考え方や人間の興味と嵌り方 古代日本史の史実・真実・事実 神武天皇の疑問点 神様の存在証明 神代文字 日本の現代医学の問題点
僕がアインシュタイン博士を超える理由 日本神話や中韓との断交理由 欠史八代の疑問点 神様と霊魂 但馬国司文書 人類規模の歴史教育の将来
早咲きと遅咲きの障害者 日本国の建国(天皇家誕生) 崇神天皇の疑問点 万物に神様(霊魂)は宿る 富士宮下文書 古代天皇家の文化の秘密
IQと知力と妄想 出雲王国の建国(物部氏の誕生) 垂仁天皇の疑問点 天津神と国津神 甲斐古蹟考 建国以来の流血の歴史
無意識と深層心理 都怒我阿羅斯等と後継者選び 景行天皇の疑問点 神様も人物も女性中心 上記 聖徳太子の非実在説など
太平洋戦争の真実 倭国大乱(狭穂彦王の反乱) 成務天皇の疑問点 伊勢に祭られる古代太陽神 九鬼文書 浦島太郎の正体
分かり合えない民族の壁 遣漢使(後漢王朝遣使) 仲哀天皇の疑問点 情報統制で守られ続けた神様 和田家文書 桃太郎と同時代の鬼退治伝説
中国の国際的な立場 九州全土の平定 神功皇后の疑問点 隠された忘れ去られた神々 伊未自由来記 八咫烏の末裔の話
日韓の過去の考え方 日本武尊の不倫の原因 応神天皇の疑問点 怨霊(祟り神) その他の古史古伝 天皇家の竜神と太陽神
韓国が漢字を廃止した結果 西暦250年から252年までの動乱 仁徳天皇の疑問点 思兼神と天手力雄神 古代豪族を弱体化させた理由
国家規模の嘘が生む断罪 仲哀天皇の戦死と出雲王国の崩壊 『ホツマツタエ』と『魏志倭人伝』 卑字と頭文字
幻の内乱(皇位継承権争い) 暦法の勘違いと真実
仁徳天皇の東征と即位と皇后 新羅の先祖と王子
平群真鳥の反乱と継体天皇の継承問題 古代天皇家の年表
『後漢書』の解釈 『魏志倭人伝』の解釈 『宋書』の解釈 日本神話の解釈 世界中の神話と古代文明 神々と人物の系図 出雲王国(物部氏)の関連性
『後漢書』の解釈1 『魏志倭人伝』の解釈1 『宋書』の解釈1 日本神話の本当の意味 世界中の神話と日本神話の一致 大物主神の系図 日神(火神)と水神と海神の物部氏
『後漢書』の解釈2 『魏志倭人伝』の解釈2 『宋書』の解釈2 日本神話の年代 日本神話の誕生時期 大国主神の系図 火神と水神の物部氏
『後漢書』の解釈3 『魏志倭人伝』の解釈3 『宋書』の解釈3 河内の天孫降臨神話 天皇家と超古代文明 火の神様の系図 物部氏と祟り神(怨霊)と雷神
『後漢書』の解釈4 『魏志倭人伝』の解釈4 『宋書』の解釈4 出雲の国引き神話 天皇家とエジプト文明 和珥氏の系図 水神と海神と土の神様
『後漢書』の誤解 『魏志倭人伝』の解釈5 『宋書』の解釈5 伊弉諾尊の黄泉国下り神話 天皇家とメソポタミア文明 物部氏の系図 『君が代』の真実の可能性
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『魏志倭人伝』の解釈7 天照大神の天岩戸隠れ神話 古代天皇家と古代豪族は何人種? 千家氏の系図 熊野と『しこ』と『うまし』の共通性
『魏志倭人伝』の解釈8 素戔嗚尊の八岐大蛇退治神話 ケツァルコアトル 竹内氏の系図 邪馬台国と出雲王国
『魏志倭人伝』の誤解 因幡の白兎神話 杉田丘陵 吉備氏の系図 出雲王国(物部氏)と松江市の真実
総合的な東日本平定神話 藤原氏の系図 出雲王国(物部氏)と北陸の関連性
出雲の国譲り神話 大伴氏の系図 大田田根子
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神武即位(仁徳即位)神話 弟橘姫
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世界的盟主と京都居住 倭大国魂神 前方後円墳と古墳時代の始まり 日本国政府に思うこと 伝統的な物の見方をひっくり返す 「横並び」に安住しない気構えを持て
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